広島高等裁判所岡山支部 昭和30年(う)400号 判決
A弁護人の所論の要旨は被告人は原判示の人々を当選を得る目的を以つて招待して饗応したものではない。
原判示の二十五名中十五名は親族であり、他は近隣の風呂入り客や、眤懇な幼な友達であつて、親族以外の者は招待したものではない。又招待した目的は立候補すべきか、立候補を断念すべきかを諮るためであつて、自己の当選を得る目的で招待したものではない。
茶菓や酒を出したのはいわゆる饗応なる観念を以つて観察すべきものではなくして、平素寄るとさわると飲酒する風習ある土地柄であるから、之に従つて出したすぎない。又同席上に於て被告人に立候補せよとの議が決つたから、然らばよろしく頼む旨の挨拶はしたが、当時はまだ選挙告示の前であるので当選を得る目的の拶挨用語ではない、との理由を以つて無罪の主張をしたのに対して原審は此の点について何等の判断をしていないのは違法であるといい。
B弁護人の所論の要旨は原判示の会合は計画的のものではない。ただ被告人の立候補について話合うたにすぎず、投票を依頼する程深入りした相談をしたものではない。酒を出したのは投票を依頼するという不純な動機はなく、漁村の慣習に従つてお茶代りに出したもので、饗応という程のものではなく、儀礼的なものにすぎない。従つて之を当選を得る目的で饗応したと認定したのは証拠不充分であるというにあるので、一括して次のとおり判断する。そこで訴訟記録を取調べると、原判決に於て被告人が饗応したと認定した二十五名の者全部を被告人が招待したものでないことは所論のとおりである。被告人は当初招待した目的は親族の者達から次の選挙に立候補すべきか、断念すべきかを諮る目的であつたというのであるけれども、被告人は当時有権者と認められる親族その他被告人と眤懇の間柄にあつたという原判示二十五名の者に特に立候補すべきか否かを諮らなければならなかつたという特別の事情も認められないのに之を諮つたとするならば、之等の者が一応再び立候補すべきことをすすめるのが人情の常であると推測せられる。少くとも被告人の場合此の推測に誤りはなく、一同の推薦を受けるや、その席上一同に対し立候補の決意を表明し、且宜敷たのむと一同の支援を求める挨拶までもしてをるのである。たとえそれが計画的の会合でもなく、又統制も秩序もない会合であつたとしても、被告人の所期の目的は遂げられたものと窺うことが出来る。
有権者が何人を議員候補者に推薦するかを決定するため会合を開くことは、いまだいわゆる選挙運動ということは出来ないけれども、議員候補者たらんとする者が、自ら多数の有権者を招集し、又は多数の有権者の参集している席上て於て、一同に対し自ら立候補すべきか否かを諮り、一同の推薦をまつて立候補の決意を表明し且一同の支援を求める旨の挨拶することは、多数有権者の支持(即ち投票)を獲得する有力な手段であるから、一種の選挙運動に属するものと解するのが相当である。
従つて被告人が右の如き選挙運動をし、次いで酒肴の饗応をしたことは当選を得る目的を以つて選挙人を饗応接待したものとして公職選挙法第二百二十一条第一項第一号の罪を構成するものというべきである。
所論は又集つたものは親族とか近隣の者で特に饗応するという意思もなく、又そのような程度のものでもなく、単に儀礼的のものであつて、寄るとさわると飲むという漁村の風習に従つたまでのことだと主張しているのであるけれども、たとえ親族その他眤懇の間柄であつても等しく有権者であつて、選挙に関し、之等の者の投票を得る目的で酒食の饗応接待をすることは許されない。又如何に簡素であつたとしても、特別な理由もないのに、二十数名もの者に対し酒肴を提供するということは単なる儀礼の範囲を超えたものというべく、たとえ寄ると飲酒する風習があるとしても選挙に関し当選を得る目的を以つてする限り、公職選挙法の禁ずるところである。次に又所論は当時はいまだ選挙の告示前であつたというのであるが、公職選挙法は告示の前後を問わず広く当選を得る目的で選挙人を饗応接待することを禁じているのであるから、所論は当らない。
(但告示前であるならば更に公職選挙法第一二九条の罪が成立することが考えられる。)
従つて原審が公職選挙法第二百二十一条第一項第一号に該当するものと認定処断したのは正当である。
然して一審判決に於ては訴訟関係人の主張した事実にして刑事訴訟法第三百三十五条第二項に該る場合の外、有罪と認めた理由を逐一判示することを必要としないから、原判決が前段の如き弁護人の主張に対し何等の判断を示さなかつたからとて違法とはいえない。
その他記録を取調べて見ても原判決には判決に影響を及ぼす虞のある事実誤認その他の違法はない。
論旨はいずれも採用し難い。
B弁護人の論旨第二点量刑不当の主張について、
論旨は刑の量定が重きに失する。被告人には公民権の停止を免除する旨の判決あつて然るべきだというのである。訴訟記録を取調べると、前段説示の如く被告人が選挙に関し、二十五名の選挙人を饗応接待したことは、たとえ一人当りの接待費は僅々七十円にすぎないとしても、選挙の公正を害する危険は多分に存し、その犯情は軽しとしない。
然しながら被告人が饗応接待した選挙人は所論の如く親族若しくは近隣のいずれも平素眤懇の間柄にある者達であつたという点は充分顧慮さるべきである。
原審が被告人を罰金三千円に処し、一年間その執行を猶予したのは之等の点及び所論の事情をも充分斟酌した上のことと察知せられる。ただ問題は公民権不停止の言渡をしなかつた点である。公職選挙法第二百五十二条第一項第二項の規定は本件の如き違反の所為によつて処罰されたときは原則として一定の期間公民権を停止すべきことを規定してをる。此の規定の趣旨はいうまでもなく、特定の選挙法違反の罪を犯したものは原則として一定の期間選挙に関与せしめぬこととし、以て選挙の粛正を図り、公正な選挙が行われることを期してをるわけであるから、特別の事情のない限り此の規定の適用を排除して本条制定の目的を没却するようなことがあつてはならない。本件の場合に於て特に右規定の適用を排除せねばならない特別の事情も認め難いから原審が右規定の適用を排除しなかつたのは相当である。
(裁判長判事 宮本誉志男 判事 三宅芳郎 判事 浅野猛人)